Amigomr's second blog

このブログは MozillaJapan 翻訳部門や訳語決定会で活動している Amigomr の趣味など超私的なブログです。

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ここは Amigomr's 徒然日記の前の日記です。今はサーバ落ちの時などにのみ使っています。

木曜日, 10月 19, 2006

斎藤秀雄を聴く

日本の戦後指揮界を代表する人として齋藤秀雄(1902 ~ 1974)がいる。以前の私は齋藤秀雄というと「冷たい指揮者」というイメージがあった。それはひとえに「齋藤メソット」とも称される独立した指揮体系を独力で築きあげたことによる誤解だった。 彼の弟子として有名なのは小沢征爾や山本直純(故人)などであるが、この2人の指揮を見ているとまさしく熱情的な指揮をしている。はてこれは師匠のイメージと違うと思ったのが聴き始めの最初だった。

前、読んだことのある齋藤秀雄著「指揮法」は未だに音楽之友社から出版されているが、私が図書館から借りたときにはしわくちゃだった。それほど、この本は読まれた。というのも当時、指揮法というものは体系化されておらず、多くが指揮者の個性表現のままであった(つまり技術ではなかった)。事実、フルトヴェングラーは楽団員たちから理解不能とまで称され、それを真似した大御所・近衛秀麿は「振ると面食らう」とまであだ名された(むろんフルトヴェングラー似だったことをもじっている)。齋藤はこうしたことを知っていたのか、それとも父親が英和辞典の名編集者のせいか体系化を図った。

彼の音楽は詳細な分析とその分析に基づく表現によった。その分析はもちろん、冷静に楽譜を読むことでもあったが、彼は感情的に読むことを忘れなかった。例えば、彼の指揮した録音でブラームスの交響曲1番はその最たるもの。かなり激しく演奏している。

齋藤秀雄は桐朋学園で教鞭を取ったが、その厳しさは相当なものだった。指使いから直されたという人も数多くいる。特に出欠には厳しく「風邪を引いていても熱が出ていても練習に出ろ」というのは未だに語り継がれている。